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ご挨拶

高麗木教(こうらぎきょう)へようこそ

数多くのホームページの中から、高麗木教のホームページへようこそ。
今、貴方は何かに苦しんでいたり、悩んでいたりしませんか?

人生には様々な苦しみがつきものです。四苦八苦(しくはっく)と言って、人間には生まれた時から苦を背負い、 この世の修行をするのです。

自分だけが苦しいのではありません。苦しいからといって、不平不満ばかりを持っていると、その重みで 人生の階段を転げ落ちてしまいます。

人それぞれの身辺には、苦・悩み・不幸事が生じますがこれらは全て現象という結果です。現象には必ず原因があります。
原因を無くせば現象は消えます。
高麗木教は貴方の苦・悩みを神界・霊界・幽界を霊視によって原因を見抜き、良くなる方法と努力の仕方を教えます。
もし貴方が何かにお悩みでしたら、宗門、宗派、他宗教を問いませんので、お気軽にご相談下さい。
高麗木教とは主神高麗木光明大菩薩様とクスラギの尊様の神仏合体の御姿を持たれる主神をお祭りさせて戴く宗教法人です。
過去にはお釈迦様キリスト様など等が同じ次元から現れてお役を課せられ人類にとって計り知れない宝を残され現代まで光輝いて来ました。

しかし、今の人類は神仏の教えを素直に聞かなくなりました。その結果今の世の中、暗いニュースばかりです。

人間が生命を創造するおごり・たかぶり・自分さえよければいい世となっています。
この様な人間への新しい教え・いましめが必要になり観世音菩薩の在世となりました。
エイズやサーズ・鳥インフルエンザ等もいましめの一つでしょう。
高麗木教ではこれらの人類に人間本来の心を取り戻すために新しい導き・教えが始まっています。

教祖様のルーツ

教祖様は天穂日命様・野見宿禰を祖先とする土師漣です。
土師から高野様に真妹様が嫁がれ、第49代光仁天皇の后となられた新笠様は真妹様の娘です。

そして第50代桓武天皇の母君であらされます。
また真言宗天野山金剛寺第65代座主法印奝寛様(弘化2年・1845年離山)は高祖父であらされます。ご実家は松原の立部です。

教祖挨拶

私の父は信仰の厚い人でよくいろんなところへお参りに行きました。
私も3才の頃からお参りについて行き、他の兄姉とはちょっと違ったようです。
小さい頃から体が弱かったですが、神・仏と親の慈愛に恵まれて育ちました。そして鹿熊家へ嫁いできました。

ある日、この鹿熊家の床の間の壁に突然不思議な影が現れ、この姿をめぐって様々な現象が映ってきました。

天照らす天の原天竜下りに咲く花は貴女に与えて見事咲かせて喜ぶ人の波

わたしは天上ヶ原天の山から天竜に乗って、世人の心に慈悲を与え、神魂を浄めに降りて来た観音神親です。
わたしを高麗木光明大菩薩と名乗ってください。神救いの花を貴女に与えます。見事に咲かせて神親の心にこたえて下さい。

このようなご託宣がありました。
それからも御神親様から雨が降るように本当にたくさんのご託宣をいただきました。

御神親様の神教えは、すべて天の理、自然の摂理にかなっています。まず、人間にとって一番大切なことは自然の摂理に沿うことです。
観音様の観は世の中をしっかりと観て、音は世の中の音(声)を聞いておられます。
そして、世の中に大きな慈悲を与えに降りて来られた観音様の慈は慈しみ・お天気、悲は悲しみ・雨。
大自然の摂理の中で喜びの時も悲しみの時もあります。お天気の日も雨の日もあります。
でなければ、人間も森羅万象も育たない。神・仏に信心したから常に幸福とはならないのです。
自然の花もお天気ばかりでは枯れてしまう。が、雨が降って生き返る。人間の心も悲しみを味わってみれば、次の喜びはひとしお大きい。
また喜びばかりでは、我がいいの姿になって人に親切も慈悲も施すことの知らない愚かな人間になっています。
だから、両方与えられる大慈大悲なる観音様と教えて下さいました。

ところが、私達は手を合わせているとすべてうまくいくものと思ってしまいます。私もある時、そう思って御神親様の前で泣く日がありました。

九官鳥一声あげるごどに価値(ね)あがり苦は人の心を育てるもの

御神親様は泣け泣け、もっと泣け。泣かない鳥は値がつかない。
人間も泣いて人格がたつものであり、泣くことを知らない者になぜ人生の幸福の花が咲きましょうか。
これが大慈大悲なる観音の教えであると。この人はと、神仏から期待されている人には苦が大きい。
苦が大きいということは、大きく育てようという中においていただいているのだから感謝をしなさい。

そう、御神親様から教えを戴きました。

御神親様がこの地にご降臨された大きな意味は、御神親様はどんなりっぱな所にでも降りることができる。
けれども、それでは人間の汗水流した心と身体の養いはできない。
こうした在家の荒れた壁の中に降りて初めて、これからひとつずつ積み重ねていく人間の努力があるということです。
御神親様がご降臨されて私の目にいろんなものが見えるようになり、恐ろしくてノイローゼになりました。
どこか悪いのかと病院で診てもらってもどこも悪いところがない。それよりも恐ろしかったのは心臓の不整脈、それと突発性の高熱です。
突然高熱が出て意識がなくなって倒れてしまいます。しばらくして何もなかったようにまた動ける。何かわからない。
神のなせるわざ、奇跡ばかり見せられました。
ある日のこと、47度の熱が出て身体が硬直してしまい、首から上だけ動いて意識は残っています。
どこからともなく鈴の音のような声で「私の言うことを聞いて、私の御用をしてくれますか」と御神親様が耳元でささやかれました。

私は、「何でも言われるようにします。私の身体をもとに戻して下さい。」と答えると、氷がとけるようにもとの姿になりました。
身体が元気になってちょっと怠けると、また心臓が苦しくなって倒れる。怠けずにしんどくてもご神行に入ると元気になる。

その繰り返しの中で、御神親様の言われるとおりに素直についていくことが一番だと気づき、迷い、苦難の末、 和55年5月5日立教のはこびとなりました。

御神親様から偉大なる力、偉大なる眼力をもらって常に御神親様の声が入ってきます。
御神親様から戴いた神教えは、自分が聞くのと同時に自分の守護霊、背後霊も聞いて悟っていくので、私達の心が穏やかになります。

天から人を救うために自然に降りて来られた観音親様の直接の教えを戴ける喜びに、喜びという利子をつけて真心と言葉で世の中に施していって下さい。

それが、これからされようとしている御神親様の世人の神救いです。
御神親様にお出会い戴けるありがたい仏の縁が皆様にあったのです。

観音の妙智力、観音の慈悲、観音のありがたさ、念彼観音力のすばらしさを知っていただいて、観音様の手となり足となり心となって、世の人達の神救いに皆様の真心をそえて手をかしていただけますようにお願いいたします。

 

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